2015年8月1日土曜日

『エリート・スナイパー入門』 - ジョナサン・クイック


 おなじみの、The Players' Tribuneのサイトにやっと入門シリーズのキーパー版が記載されました。今回の記事はLA.キングスのGK;ジョナサン・クイック選手による記事です。




ジョナサン・クイック - Jonathan Quick 


1986年1月21日 生まれ
アメリカ、コネティカット州 出身
身長:185㎝
体重:100㎏

2005年LA.キングスからドラフトされ、大学リーグで2年、
2008年はLA.キングスのアフィリエートチーム、
      AHLのマンチェスター・モナークスでプレー。
2009年から現在までLA.キングス所属。

2011年にはオールスター出場。
2011年と2013年にスタンレーカップ優勝。

2014年にはアメリカ代表に選抜される。

個人では3つのトロフィーを受賞した。



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 このセリフを何度聞いたことがあるだろうか。




「そんなに良いセーブでもないじゃないか。選手がグローブに打っただけじゃないか。」


 素晴らしいセーブをこのセリフで済ませてしまう人に、僕はいつも不快を覚える。僕が就くポジションの魅力がわかっていない証拠だからだ。NHLでは、90%のセーブは、選手がパックを放つ前に既に起きている。キーパーとして、反射神経だけに頼っていれば、すぐにやられてしまう。パックをゴールから守るのに必要なのは、殆ど「直感
と「幾何学だ。パックを所持する選手を見ながら、彼に与えられた選択肢を分析する。そして、彼の足、手、体勢を観察する。打つか?高めか、低めか?パスレーンはどこだ?戦略はなんだ?
 
 全ての要素を足して、一つの選択をしなければならない。即座に脳ミソから、

①.クリーズの前に出て自分を大きく見せてシューティング・レーンを狭くしろ。(シュートに備える)
②.少しズルをして身体の重心をパスを受ける選手の方に向けておけ。(パスに備える)

 と選択肢を与えられる。パックが放たれる前に、僕の仕事は終わった。次の行動を決めたので、後はその選択が合っていた事を願うのみ。

 一つ例をあげよう。これは僕のセーブの中でトップに入るセーブだと思う。




 セーブと反射神経の関係はあまりないと思う。実際、セーブと関係する一つの要素は、僕自身と全く関係ない所にある。もし僕のディフェンス;ドリュー・ダウティーが横になって、クロスのパスを防がなければ、成す術がない。ケイン
の目と腰はゴールに向いていないため、彼はパスをしたがっているのが解る。幸運なことにドリューが助けてくれた。次に、ケインがスケートをゴールに向ける。僕はパッドを重ねてゴールの下半分を塞ぐ。ここでパス・レーンがあれば、もう終わりだ。また幸運なことに、もう一人のディフェンスが逆サイトのウィングをマークしてくれた。最後にケインの重心が移動し、腰が開いたところで高めを狙ってくるのが解る。そして僕はグローブを可能な限り上げて、祈る。
 
 ラッキーと言いたければそれでも構わないが、この1.5秒の間に4つの要素が進行している。何等かの理由で氷上に居る時は時間が遅く過ぎ、体感では7秒程だった気がする。

 NHLのレベルでのアイスホッケーでは、実際に経験してみないと解らない複雑な事が数々ある。エリートなスナイパー達がキーパーにとって、対戦しにくいワケをこの記事を通して説明したいと思う。


Ryan Getzlaf and Corey Perry - ライアン・ゲツラフ と コリー・ペリー

 少しズルをして、この2人をパッケージ・セットとして紹介する。アナハイム・ダックスと言う名を聞いて2つの文字を連想する。"Heavy Minutes" 【直訳すると、
重たい時間」「内容の濃い時間」とでも訳しましょうか。】 アナハイムが攻めている1分は、他のチームの1.5分と準ずる。ずっとゴール裏でプレーをしているからだ。僕は常にポストに付き、構え、警戒心を100%オンにしておくと、3ピリの頃には本当に足にくる。

 ゲツラフとペリーがパックを持っている時の視野の広さにはびっくりする。プレーから背を向けている時でもだ。彼らは即座な決断力と、ディフェンスの間を通すパス力はエリート級だ。大きな身体を使ってゴール裏でキープアウェイをし、僕はポストからポストへと移動を繰り返さなければならない。ディフェンスも疲れてくる。そしてゴール前をと移動し、何回もリバウンドのチャンスを作り、ゴール前に混雑を作り出す。そこでゴールに入らないとしても、この「内容の濃い時間によって、次のセットが出てくる時には疲れ果てている。

 メディアで両チームのパック所持率などが大きく取り上げられ、NHLのロッカーでも重要な参考となっているが、どういう風に所持しているかが重要な点であると思う。1つのチームはアタッキング・ゾーンでとても長い時間パックを所持しているが、特に危険なポジションではない。周囲でパックをサイクルしたり、時にはシュートを打ったりしてきても、特に難しいことはない。一方ゲツラフとペリーの場合、彼らが攻めている毎分毎秒が、脅威となる。




 NHLではみんな、良いシュートを打つが、殆どの選手は、特定な状態である場合でないと、危険性がない。本当にシュートが上手なゲツラフとペリーの様な選手の場合、パックが身体から1.5メートル離れていても、足元にあった場合でさえも、強烈なシュートを放つことが出来る。これによって、キーパーとしての計算が全て崩れる。ベストなシューターは、最速のシューターである訳ではない。ベストなシューターはシュートを放つ瞬間に急激にアングルを変えることが出来る選手である。

 ゲツラフが、パックを身体からとても離れた場所から、足元へ一瞬で移動させるところを見てほしい。ゲツラフ本人からの視点ではなく、パックからの視点が、0.5秒で観点から見えるゴールの空いている場所」が完全に別のものになる。



 これが平均的な選手である場合、僕は「よし、一足で立っているから、バランスは崩れている。シュートはそんなに強くないだろう。」と考える。ゲツラフはハワード(上の写真のGK)が反応する前にゴールを決めた。ハワードの前には、ダックスのもう一人の代表的選手がスクリーンに立っている。(9番のコイブ選手)



Pavel Datsyuk - パベル・ダツック

 ダツックは恐らくNHLで最も欺瞞的(ぎまんてき)なプレーヤーである。彼はパックを所持しながら、パックを隠すことが出来るマジシャンだ。一つは彼の防具にある。彼のブレードはNHLであまり見かけない形をしていて、普通のものより太く作られている。それと彼の素早いリリースと、更に、彼はゴールをあまり見ないのを合わせると、ブレードから放たれるパックを目で追うのは非常に難しい。


 上でも言ったように、90%のセーブはパックが放たれる前に起きている。殆どの選手にはヒントがある。パックがどこにポジションされているか、膝の曲がり方でシュートの準備をしている、殆どの事が起こる前に解る。だが、ダツックの場合は、故意的に騙してくる。彼はアタッキング・ゾーンの45度のボード際で、手、足、目が全てクロスのパスの状態である。99%の選手の場合、憶測通りにクロスのパスが来る。そこでGKは少しズルをしてパス先に目を向ける。そしたら、どういう事だか、いつの間にかパックがゴールに入っている。彼は打ったのだ。そんな所から打つ奴がどこにいる。ダツックが居た。




 ダツックはチェスのプロである。キーパーとして最悪な状況は、パック・キャリアーが多数の選択肢を持っている時だ。ダツックは氷上全体の状態を常に把握していて、幾つかのプレーが生み出せる様なスペースが空くまでパックを持ち続ける。意図的に相手に、シュートをブロックをするか、パスをカットするか、と迷わせる。彼を相手にするには、どちらかを選ばなければならない。どちらか迷っている内に、彼は次のプレーを始めている。彼と相手する際は50-50の賭けだ。


Sidney Crosby - シドニー・クロスビー

 バックハンドのシュートはNHLイチだ。プロの1年目か2年目の時だったと思う。ゴール前のサークルの2本の線から、(壁側)フォアハンドではなく、バックハンドで… 逆側の肩口に入れられた。こんなことは聞いたこともない。100中100止めれるはずである。が、彼はとてつもなく素早くシュートを放ち、パックの軌道はもの凄いもので、彼の両手が頭上に上がるまで僕はゴールに入っていることを知らなかった。

 クロスビーは全てにおいて、非常に優れている。試合の前にロッカーで、対戦するチームのスター選手の2人か3人を、どうやって弱みを握るか、など考える。ホワイトボードの名前を指して「彼は○○に弱い。出来るだけ彼に○○をさせよう。」と言う。クロスビーの場合、○○にあたるものが何一つ無い。彼はオールマイティーで、信じられないような選手だ。





 前に言ったように、全ては幾多の選択肢だ。もしクロスビーがディフェンスを抜いてキーパーと1対1になった場合、もはや平等ではない。彼のブレードはほぼ平ら、真っ直ぐで、手首の恐るべきパワーで、股下を抜かれるか、バックハンドに持っていかれ、肩口だ。(多くの選手は平らなブレードでこれをこなすことは出来ない)時々、彼をテレビで観て、キーパーと1対1になった時、キーパーの前でスティックハンドリングをし、一瞬にして、股下を抜く場面を目にする。一瞬すぎて、パックを少しチョンと触ったくらいにしか見えない。キーパーは反応出来ない。凍ってしまっている。彼相手に無難な賭けなど存在しない。もしバックハンドに持っていかれれば、キーパーはスライドするために踏ん張ってプッシュしなければならない。その時の姿勢は深く、股下がガラ空きになる。残りは言わなくてもわかるだろう。

 クロスビーのノーマークの話のついでにPSの話をする。NHLの中でもシュートアウトが上手な選手たちを見てみると、みんな3つか4つ、凄くいいパターンを持っていて、全てのパターンの始まり方は同じだ。T.J.オーシーを例にあげる。彼は毎回PSでパックを拾う際、同じルートで同じ方向からゴールに向かう。ハンドリングのパターンもほとんど見分けがつかない。そしてある点にたどり着くととこから、
木の枝の様に別れる4つのパターンがある。その点に着いてから憶測をするのは無理だ。何をするかは、やられるまでわからない。キーパーはこの場合、100%反射で守り抜くしか手がない。それはとても難しいことだ。



Alexander Ovechkin - アレクサンダー・オヴェチュキン

 明らかに、彼のシュートは非常に重い。だが、先に憶測不可能というテーマについて、今回はオーヴィ(オヴェチュキン)を例にして書こう。今シーズンホームで彼らと対戦した時、2対1のラッシュがあった。オーヴィはパックを持っていなかった。僕から見て右側に居て、パスをされてはマズい。彼はライトハンドで、ワンタイムには最適なポジションにいた。腰を開いたのを見て、僕は「彼は明らかに危ない。だが彼はバックスケーティングの状態でボードにどんどん近づいている。」と考える。
僕の脳ミソは自然にもうワイドすぎだ。そこからは無理だ。と考えた。そして彼にパスが行き、もう壁から1メートルも離れていない状態だったが、僕は彼を甘く見ていた。方法はわからないが、ワンタイムは完璧、且つ強烈で僕にはチャンスの欠片もなかった。ゴールから離れながら放った彼のワンタイムを見てほしい。




 オーヴィの様な男たちのシュートは本当に強く、野球のバッターみたいだ。パックの残像が写真のフレームのように切れて見える。1フレーム、2フレーム、そして3フレーム目にはもう体に当たっている。反射神経でオーヴィに対してキーパーをするのは無理な事だ。クリーズの先に立って空きを防いでいなければならない。




Jonathan Toews and Patrick Kane - ジョナサン・テイヴス と パトリック・ケイン

 この二人も、セットとして省略させてもらう。ほぼ毎年コンファレンス・ファイナルやスタンレーカップ・ファイナルで彼らを目にするのは偶然な事ではない。ゲツラフとペリーとは違い、この2人は全く別なプレーをするのと同時に、お互いがお互いを完璧に補足し合う。この2人ほど自信に満ち溢れた選手を見たことが無い。どうにかして勝つ、という揺るぎ無い信念を持っているようだ。

 ケインから始めよう。彼は比較的小さな男だが、トップを争うパック・リリースと、ホッケーIQに関して彼は少し過小評価されていると思う。氷上の観察力とディフェンスを読む力はNHLの中でもトップ級だ。彼の様な才能的なスキルを持つ選手の多くは、氷上を徘徊して、チャンスを待つ選手が多いが、ケインは常に氷上を観察していて、プレーの続きを考えている。そして、空いたスペースにヒョコッと現れ、そのチャンスをモノにする。そして、もちろん、彼のハンドリングはとてつもなく上手い。ケインのハンドリングの速さはNHLの中で恐らく1番だ。ほぼ毎試合、ディフェンスが少しポークチェックをサボったのを見逃さず、ディフェンスのトライポッド(スティックと足の3点)の間を彼なハンドリングで抜く。





 ケインの様な選手が出ているときは、キーパーとしては、すぐに注意を置く。プレーが進み続ける間、常にレーダーに入れている。それにテイヴスを加えてしまうと、レベルが変わってしまう。テイヴスは常に動き回っていて、常に働いていて、パックの行先を読める聖なる力を持っている。まるで超能力者だ。彼がどうやって、いつも完璧なときに完璧な場所に居られるのか、特に重要な場面で、説明ができない。

 アナハイムが身体的に「内容の濃い時間
」であれば、シカゴは精神的に内容の濃い時間だ。常にケインとテイヴスに気を付けていなければならなく、ケインがいつの間にかゴール横に立っていたり、テイヴスが周りを見渡さなくてもケインの居場所を把握していたり、猜疑的になってしまう。そしてこれらがホッケーというスポーツを分析する楽しさの醍醐味であると思う。多くの人はホッケーを残忍で粗暴なスポーツであると考えるが(シー・ウェバーのバッティングをアソコに喰らった時は僕もそう思った)、実際、ホッケーは他のスポーツより、より精神的なスポーツである。シカゴは過去6年で3回スタンレーカップを手にした。ケインとテイヴスは世界で一番デカい男たちではないが、彼らはとてもスマートで、精神的に強く、2人が一緒にプレーする際には素晴らしい直観力を互いに持っている。

 シカゴには本当に勝ちたい。早くシーズン始まってくれよ!(ごめんよ、ハニー)

2 件のコメント:

  1. 貴重な情報をいつもありがとうございます。へのへのもへ児さんのおかけげで「ハイレベルを知った気分」にさせてもらってます。

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    1. コメントありがとうございます。私自身、翻訳しているだけなのですが、「ハイレベルを語っている気分」になっております。

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